03


ずっと同じ姿勢でいたせいか、肩を軽く回せばぱきぱきと音が鳴る。
その様子を見ていた彰吾は紐で綴じた巻物を傍らに置き立ち上がった。

「お疲れ様です。今、お茶を持ってきますね」

「あぁ…。今日はもうこれで終いだな」

ふぅと息を吐いた政宗は彰吾が部屋を出ていくのを何とはなしに眺めた。
そして、開いた障子の向こう側から聞こえてきたざわめきに片眉を上げた。

「ん…?」

「何だか外が騒がしいですね」

障子を開けたまま廊下へ出た彰吾はそのざわめきが鍛練場の方から聞こえてくるのに気付く。

「まさか…」

「どうした」

気になったのか、腰を上げた政宗も廊下へと出て来て彰吾の見ている先へ視線を向けた。

「鍛練場か。…こりゃ遊士の仕業だな。大方小十郎と仕合ってでもいるんだろう」

それだけで政宗は全て分かったという様に表情を緩めて言った。

「ありえる…」

「気になるなら見に行くか?」

何やら深刻そうな表情を浮かべた彰吾に政宗は苦笑し、彰吾を促す。けれども意外なことに彰吾は首を横に振った。

「いえ…、確かに心配ではありますがいつまでも俺が付いていては遊士様の為になりませんから」

一転してふと穏やかな笑みをみせた彰吾に政宗はただそうかと返す。

「なら未だ暫く俺に付き合え。休憩がてら少し城下にでも行くか」

「はい…って、政宗様!?駄目ですよ!城下は休憩がてら行く距離でもありません」

慌てる彰吾を尻目に政宗はからからと笑って廊下を歩き出す。その後を彰吾がお待ち下さいと言って追って行った。






ひゅっと鋭い音と共に訪れた衝撃に手が痺れ、木刀が手から離れる。
ごとりと木刀が床にぶつかる音と同時に正面から低い声が飛んだ。

「甘い!そんなのでは直ぐに殺られるぞ!」

「――っは」

ぱたりと遊士の足元に汗が落ちる。始めてからどれぐらい時が経っているのか既に二人は汗まみれで打ち合いを続けていた。

床に落ちた木刀を拾おうとした遊士は指先の痺れが邪魔をして上手く木刀を掴めない。それを、額に落ちた前髪を鬱陶しそうに右手で掻き上げていた小十郎が目にして、側へ歩み寄った。

「遊士様、手は…」

「これぐらい大丈夫だ」

なんとか木刀を拾い上げた遊士は、柄を握って右手の感触を確かめる。

「…少し休みましょう。我々がずっと占領しているわけにもいきませんし、兵達の稽古もありますから」

「あ…。あぁ、そうだな」

言われて、遊士は兵達がぽかんと口を開けて、中には青ざめた様子で自分達を見ているのに気付いた。
遊士は小十郎に促され一旦鍛練場の外に向かう。歩くたび四方から突き刺さる視線に遊士は怪訝そうに眉を寄せた。

「何なんだ?」

「さぁ?それより今冷やすものと飲み物を用意して参りますので遊士様はこちらで休んでいて下さい」

「ん、ありがと」

そうして二人の背を見送った兵達のおかしな視線の意味を、成実が代弁する形でぼそりと呟いた。

「すげぇよ遊士。小十郎の厳しい稽古に付き合えるなんて。梵だけだと思ってた…」








室内に灯された灯りの中、敷かれた布団の上に行儀悪く遊士はごろりと転がる。

「いてててっ…」

痛みの走った腕を捲り上げて見れば青紫色の痣が出来ていた。

「確かに小十郎さんの指導は厳しかったけど、言ってる事は的確だったな」

右目が見えない遊士に対し、小十郎は遠慮するでもなく常と変わらない攻撃を仕掛けてきた。
それは戦場に出れば当然のことで、ハンデがどうのとは言ってられない。

そしてその公平差が遊士には嬉しかった。

ゆるゆると緩む表情を隠すように遊士は布団に顔を押し付ける。
このまま眠ってしまおうかと思った遊士の耳に、今日は会わないだろうと思っていた人の声が聞こえた。

「遊士様、少しよろしいですか?」

「彰吾?」

慌てて遊士は起き上がると転がってぐしゃぐしゃになっていた身形を整え返事を返す。それを聞いてから彰吾は静かに襖を滑らせた。

「どう…」

「そこで小十郎殿に会いまして。昼間の仕合いで出来た怪我の手当てを頼まれました」

入室してきた彰吾は布団の側で膝を着くと、小十郎から手渡された塗り薬の蓋を開ける。

「さ、まずは腕を出して下さい」

「何でお前が?小十郎さんは?」

逆らわず痣のある腕を出した遊士はどういうことかと首を傾げた。

「小十郎殿は夜も遅いですし、遊士様の手当てに慣れてる俺がした方が良いんじゃないかと言って…」

彰吾は指先で掬った薬を数回擦り合わせ、温めてから遊士の痣の上に伸ばして塗る。

「ふぅん。別にオレは気にしないけどな」

「遊士様は気にして下さい。夜分ですよ?そこへ男が訪ねて来るなんて…」

「分かった。気を付ける」

何だか説教に突入しそうな雰囲気を感じとり、遊士は無理矢理話をぶったぎると、それよりと別の方向へ話を転がした。

短い時間ではあったが、何かしらお互い感じる事がある一日でもあった。



END


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